日本の近代輸送の元をつくったのは、坂本龍馬の「海援隊」?
海援隊(かいえんたい)は、江戸時代後期の幕末(1865年9月)に、坂本龍馬が中心となり、薩摩藩などの資金援助(出資)を受け、日本初の株式会社とも言われています「亀山社中」として長崎県亀山に結成されました。その後、航海訓練を経て、私設海軍・海上物資輸送の貿易会社として活動を行い、その後、1867年4月には龍馬の脱藩が許されて隊長となり、土佐藩に付属する外郭機関として海援隊と改称されたのです。また、仲の悪かった薩摩藩と長州藩の関係を修復し、薩長同盟の締結にも大きな役割を果 たしています。しかし、同年11月、京都で龍馬が陸援隊隊長の中岡慎太郎とともに暗殺されると求心力を失って翌年4月には土佐藩の命令で解散されました。その後、土佐藩士の後藤象二郎は海援隊を土佐商会とし、後に高知県安芸市出身の岩崎弥太郎が郵便汽船三菱会社(後の日本郵船株式会社)に発展させました。そして、海運輸送から始まった日本の近代輸送は、鉄道輸送を経て、自動車の開発、道路の整備が進むにつれ今日では、トラック輸送へ大きく変わりました。
道の駅ならず、トラックの駅? トラックステーション
営業用トラックドライバー向けに設けられた休憩・休養施設「トラックステーション」。 そこでは、ドライバーが休憩・仮眠・入浴・食事ができるリフレッシュ施設と、交通 ・気象情報の提供や、業務上の連絡を取り合う運行管理センターが常備されています。 トラックの駅「トラックステーション」は長距離運転に欠かせない安全運転を、お手伝いする施設なのです。
「運」は引っ張り、「送」は急ぐ。
運送の「運」の字は、車に荷物を載せて引っ張ってゆくという意味で、「送」 の字は、荷物に人が付き添って急ぐという意味だそうです。長い時代を経て、運送は時代の物流に代わっていったのです。
江戸時代 コンテナは樽だった。
人力や馬力で物を運んでいた時代は、酒樽(木製の四斗樽)がコンテナの代わりの運搬容器や、貯蔵容器として用いられていたそう。西洋の洋樽は容量 に応じた名称があり、一般的な名称「バレル」は今でも石油の単位の表示として使われています。 洋の東西を問わず、樽は物流に不可欠なコンテナだったのですね。
実はどさんこ!光るナンバープレート
北海道生まれの「光るナンバープレート」 夜でも良く見えるため?いやいや、もともとはプレートにつく雪を電気の熱で溶かす働きのために生まれました。今では全国に広がっています。
緑ナンバーは営業用。
営業用と自家用のトラックは、ナンバープレートの色で区別 されています。営業用のトラックは緑地に白い数字(軽自動車は黒地に黄色の数字)。自家用のトラックは白地に緑の数字(軽自動車は黄地に黒の数字)で表されています。このため、営業用は「緑ナンバートラック」自家用は「白ナンバートラック」と呼ばれているのです。
ナンバープレートの話
【一枚のナンバープレートに盛り込まれた情報】
自家用
さすせそ/たちつてと/なにぬねの
はひふほ/まみむめも/やゆ/らりるろ
(軽自動車は、りれを除く)
営業用
あいうえ/かきくけ/を (軽自動車は、りれ)
レンタカー
われ(軽自動車は、わ)
「お」「し」「へ」は ありません。
ナンバープレートのひらがなには「お」「し」「へ」はありません。「お」は「あ」と間違えやすく、「し」は「死」を、「へ」は「屁」をイメージするからだそうです。数字でも下2桁に「42」「49」は、縁起が悪いとされ使われていません。
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